このあとどうしちゃおう
こないだ おじいちゃんが しんじゃった。
で始まる絵本を読んだ。
『このあと どうしちゃおう』ヨシタケシンスケ
あらすじ
語り手の『ぼく』が、亡くなったおじいちゃんの部屋を家族と整理していたら、『このあと どうしちゃおう』と表書きされたノートが出てくる。
そこには、おじいちゃん自身が『しょうらい しんだら どうなりたいか どうしてほしいか』という思いが、書き連ねられていた。
このあとのよてい
その内容というのが、子どものような自由な発想と『おじいちゃんっぽさ』が絶妙なバランスで同居していて、おかしい。
生まれ変わったらなりたいものとして、
- おかねもちにかわれているネコ
- すえっこ
- クイズのチャンピオン
- こうえんのいけのカメ
- ぞうつかい
などがあげられている一方で、天国に行く時の持ち物の中に『保険証』や、神様へのお土産のお酒が入っているあたりが、実におじいちゃん的。
天国って、きっとこんなところ
おじいちゃんが思い描く天国では、あちこちに温泉と布団があって、『とにかくおさしみがおいしい』上に、『みんなかならずどこかほめてくれる』(例:かわいいみみたぶ!、こえがステキ!)。
そんなおじいちゃんのノートを見ていたら、なんだかわくわくしてきて、『ぼくも てんごくに いくのが たのしみになってきた』。
でも、もしかしたら
でもここで、ちょっとまてよ、と『ぼく』は考え始める。
おじいちゃんは、本当はとてもさみしくて、死ぬのが怖かったんじゃないか。
だから、こうして、楽しいことをノートにいっぱい書いていたんじゃないか。
。。と、『ぼく』が思いをめぐらせるくだりで描かれている、おじいちゃんの姿に胸を突かれた。
人が大勢いて、にぎやかで楽しそうなファミレスの中で、おじいちゃんがひとり、コーヒーカップを前に、所在なげにしている光景が、海の底を思わせる青で描かれている。
老いと孤独の心象風景がさりげなく、けれども深く表現されたこの絵に、思わず、じっと見入ってしまった。
いきているあいだはどうしちゃおう
おじいちゃんのノートにインスパイアされた『ぼく』は、自分のノートを用意して、生きているうちにやりたいことを、あれこれ思い浮かべるのだった。
この絵本、教条主義に陥ることなく、生と地続きの死について、読み手自身が考えるように、そっと一押ししてくれる感じがすごくいい。
子どもはもちろん、年老いた自分の親を見送る世代も、ぐっとくるものがあると思う。
※一度読んだ後、最初からもう一度見直したら、おじいちゃんの生まれ変わりと思われるモノを絵の中に発見できて、うれしくなった。
書籍情報
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