殿様と私
愛猫・殿と一緒に暮らし始めてから、はや10年が経過し、11年目に突入。
出会った時、殿はすでに『約2歳』だったので、現在、約12歳。人間でいえば、もう立派な熟年だ。年齢がアバウトなのは、捨てられて保護されてたのをもらい受けたため、正確な生年が不明なのだった。
めぐりあわせ
以前の住まいの最寄り駅近くに動物病院があって、保護された猫の里親募集をしていた。最初は飼うつもりはなくて、時折、立ち寄っては、ガラス越しにケージの中で遊ぶ子猫たちをながめるのが楽しみだった。
ある時、近隣の捨て猫を保護しては、その動物病院に運び込んでいるという年配の女性に話しかけられて、待合室でいろいろとよもやま話をうかがった。目下の彼女の気がかりは、子猫たちがどんどんもらわれていく一方で、一向に引き取り手の現れない大きな猫のことだった。
見ると、体が大きいのでケージに入れず、待合室のソファの隅に、世をすねた様子でうずくまっているハチワレ・サバ白の猫がいた。私はてっきり、通院で来ている猫かと思っていた。
「あの子、もうずーーっと、貰い手がなくって、あのまんまなのよ」女性がため息をついた。
そばに行って、その猫をなでてみた。「あんた、貰い手いないの?」と訊いたら、猫はだまって緑色の目でこちらを見上げた。うまく言えないけど、何だか妙にしっくりくるものがあった。
女性の方を振り返って、『もし、このまま貰い手がなかったら、この猫、どうなるんですか?』と訊こうと思ったら、口が勝手に
「この子、連れて帰ってもいいですか?」
と言っていた。自分でもびっくりした。
イキモノの波長
かくして、ハチワレ・サバ白のその猫は、うちの殿様となった。
めぐりあわせで、たまたまそうなったわけだけど、それまでは、もう大人になった動物を新たに迎え入れる、という発想はなかった。しかし、考えてみれば、イキモノどうし、波長が合う、合わないはあるはずで、大人になってからの方が、性格ができあがっていて、相性を見極めやすいのではないかと思う。
プッターさんとタビーの場合
数年前に出会った、たまらなく好きな絵本『Mr. Putter & Tabby Pour the Tea』。このプッターさんというおじいさんと老猫タビーに、激しく感情移入してしまうのだった。
ひとり暮らしのプッターさんは、庭仕事をしながら、悠々自適のリタイア生活を送るも、孤独に疲れ、ある日、猫を飼おうと思い立つ。ペットショップに行ってみると、やんちゃな子猫だらけ。子猫じゃなくて『猫』が欲しいプッターさんが次に向かったのは、アニマルシェルター。そこで、年取って毛の薄くなった、ちょっと耳の遠いタビーと出会い、家に連れて帰る。
そうして始まった、プッターさんとタビーの生活。朝食のマフィンを分け合い、一緒に午後のお茶をして、夜はプッターさんが語って聞かせるお話に、タビーはごろごろとのどを鳴らす。冬の日には、耳の遠い二人は、オペラのレコードを大音響でかけて一緒に歌う。
やがて二人は、もうずっと一緒に暮らしてきたみたいになって、お互いがいなかった生活を思い出すことすら、できなくなるのだった。
。。何度読んでも、このくだりで涙腺が決壊しそうになる。
Mr. Putter & Tabby Pour the Tea
- 作者: Cynthia Rylant,Arthur Howard
- 出版社/メーカー: HMH Books for Young Readers
- 発売日: 1994/03/30
- メディア: ペーパーバック
殿様と私
自宅が仕事場なので、プッターさんとタビー同様、四六時中、ずっと一緒。殿は過去のトラウマなのか、分離不安があるようで、台所に立っても足元でちょろちょろしてるし、トイレにもついてくる。(トイレの方は、ドアが閉まる前に素早く滑り込むスリルを楽しんでいる節もあり。しっぽをドアにはさんだらどうしよう、とこっちがどきどきする)
猫に多い尿路結石の持病があって、これまで何度か、気を揉む時期があったけど、ここしばらくは医者いらずのお達者ぶりで、何より。
どうか、これからもずっと、元気で長生きしてくれますように。
↓ちょっと違うけど。
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